嗚呼、其処に。



置いてきたもの



「なにしてる?」
たどたどしくも怪訝な意識を濃厚に含んだ口調で彼女は尋ねた。
ゆぅらりと浮かんだままの彼女に動じる事なく、疑問をぶつけられた青年は振り向いて一瞬きょとんとした表情を浮かべる。だがフと思いついた様に表情を和らげた。
「嗚呼、キミは知らなかったんだっけ」
「だからきいてる」
「うん。あのね、ボクはカゲロウを孵してるんだよ。前に、云わなかったかなあ」
そうして岩石の狭間で誕生を待っていた光る卵に軽く手を翳す。すると一瞬だけ光は強まり、次の瞬間には透ける程美しい羽根を持った一匹のカゲロウが生まれ出た。
其の行動をただ見詰めていた彼女は少し憮然とした表情で頷いた。
「きいてない」

光り輝く洞窟に、話す2人の声だけが反響した。
自然に生えるヒカリゴケ、輝く輝洸石、其れらのぼんやりとだが優しく淡く光る光の中で2人は生きていた。いつからこうしていたのかは明確には覚えていない。だが別に此れでいいと思っている。

輝く水晶を括り付けた竿を持ち直し、青年は彼女と向き合った。
「ボクの使命なんだよ。キミが歌う事で魂を浄化する事と同じ」
「おなじ」
「うん」
「そうか。ならばまたうたおうか。それでわたしもおまえとおなじだ」
何だか難しい事云うなあ。
青年は少し苦笑したが、ゆっくりと歌い出した彼女の高く澄んだ声に耳を傾けた。
……… 嗚呼、哀しくて純粋で、其れでいて綺麗な歌。
このままキミとずっと居られたら。

どれだけ経っただろうか。
美しく反響する音に満足して彼女が彼に寄り添った。
「さあいくぞ。つぎはどうすすんでいく?」
「そうだね。今度は右にでも行こうか。ロキはどうしたい?」
「みぎでいい。このまえはわたしのいったほうにいったからカジカのいうほうにいく」
「じゃあ行こうか」
白く柔らかな彼女の手を取って歩き出す。しかしロキは其の手を取って引き留めた。
「かげろう、わすれてるぞ」
云われ振り返ると、其の先にはつい先刻孵ったばかりの小さくも輝くカゲロウが緩やかに羽ばたいていた。興味深そうに其れを見詰めるロキに、カジカは小さく首を振る。
「いいんだ」
「どうしてだ。せっかくうまれたのに」
「いいんだ。此処で生まれたカゲロウにとって此処が居るべき場所なんだよ。其れでいいんだ」
「そういうものなのか」
そうやって幾つものカゲロウを孵しては別れて来たのかカジカは覚えていない。
だが其れでも本当の使命を果たせず、だからこそカジカはこうやってずっと此処に居るのだ。不意に現れた彼女… ロキと2人で。
「ロキは… どうしたい。此処から出たいかい?」
唐突に問われ、ロキは一瞬吃驚した表情を浮かべた。しかし直ぐに首を横に振る。
「カジカといる」
其の言葉に今度はカジカが眼を丸くした。余りにも迷いのない其の答えに呆気に取られて、ロキをただ見詰める。
「カジカといたいからいる。そしておいていくかげろうにうたをうたう。そうしたいからそうする。だめか?」
「……… 駄目じゃない」
「ならばいい。いくぞ」
今度はロキの方から手を引いて進み出す。其の心地良い引力に小さく笑みを浮かべて、カジカはもう1度、先刻孵ったばかりのカゲロウを仰ぎ見た。
其れは小さくも力強く、柔らかな光に包まれて此れからも生きていくのだろう。
幾つものカゲロウ、其処に置いていくものたちよ。ボクは行くよ。







どうか此れからも、この光が在る限り健やかあれ。







あいうえおで46の言葉。『置いてきたもの』
カジロキ…!
御免なさい最近凄い好きなんでつ! この脱力する浮遊感、纏まりのなさ、淡白さ、こう云った何でもなさみたいな2人が好きなんです…!

ちなみに。
まったくと云っていい程ロキのキャラが固まっていないので、もしも次があってキャラ変わってたらスイマセン! ついでに全然設定作ってないので即興です多分変えたりします(最悪)

_20040906UP_






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