触れた手が冷たくて

一瞬 呼吸が止まった気がした。



xxx 甘イ手



「熱があるねえ」
こちらの動揺など全然感知していない風に、額に当てていた手を外して鳴海が呟いた。まるで他人事の様に(事実他人事ではあるが)。
其のまま低く唸りながら探偵所内をうろうろと歩き始める彼の姿を、まるで自分は夢の様な気持ちで眺めていたが、フと我に返ると未だうろうろとする所長に問い掛ける。
「あの… …何を?」
「何をって薬。薬探してるんだよ。救急箱。嗚呼ライドウは座ってて」
云いながらもかなり見当外れな場所を探す鳴海に、ライドウは溜息をついた。
「救急箱なら其処の棚の上に」
指し示しながら取ろうとするライドウの肩を、がっしと掴んで、鳴海は引き摺る様にソファまで移動するとライドウを座らせた。唖然とするライドウを尻目に、鳴海は教えられた救急箱を難なく降ろしてゴソゴソと探り始め、やがて細い筒を取り出す。
嗚呼まるで自分の封魔に使用する管其のものだ。冷たくて、無機質な。
ぼんやりとした意識で其の所作を眺めていたライドウに、鳴海は向き直るとまた再び触れた。
今度は頬。
矢張り冷たい。ひんやりとしていて、随分と心地よい。
「………?」
「ライドウ」
「は… …ッ?!」
呼ばれ、返事を返そうと薄く開いた口に冷たい棒が差し込まれ、ビクリと身体を強張らせる。
「体温計。暫く含んでなさい」
へ。と視線を下に降ろすと、成程、水銀の体温計が眼に入る。
鳴海は黙って体温計を咥えたままのライドウに満足げに頷くと、再び救急箱に見直っていろいろと漁り始めた。
嗚呼そんなに無茶苦茶に取り出したらまた元に戻すのが大変だろうに。
ぼんやりと明瞭さを得ない意識でライドウは鳴海の行動をただただ見詰めた。
やがて、どうやら目的のものが見つかったらしい鳴海が腕時計を確認すると、ライドウに歩みより、体温計を取った。
「39℃」
眉の間に皺を寄せながら鳴海が呟く。
「どうしてこんなになるまで無理するかなあ… ライドウは」
39℃?
云われ、ようやく火照った身体の変調に気づいて、フラリ・とライドウは揺らいだ。
「お… っとと」
「… す、いませ…」
「謝んなくていいから。ほら、楽にして」
ぽんぽん。と背中をあやす様に叩いて、鳴海はライドウの細い身体をソファに横たえる。
身体が重い。意識して初めて、ずっしりと鉛みたいに重く熱く感じる身体の変調に、ライドウは苦しい呼吸をした。
ライドウを横たえ、鳴海が一旦姿を消した。またフラリと現れた時、片手に硝子製のコップに水を並々と湛えさせていた。そして先程救急箱から物色した中の箱からひとつの小袋を開封し、ライドウの袂に跪く。
「薬だ、ライドウ。呑んで」
差し出されるコップに素直に手を伸ばすが、うまく力が入らず、ライドウは戸惑った。どうやら予想以上に体力が奪われているらしい。
「… 要りません…」
薬を諦め、ライドウはひとつ溜息を落とすと重たい瞼を下ろした。
「ちょっ、おいこら馬鹿。呑まないと治るもんも治らねえだろがっ」
「だって…」
力が入らない。身体が熱くて重い。意識が朦朧とする。徐々に意識を奪うのは、睡魔か。
ぐったりと瞼を閉じてしまったライドウに、鳴海がチッと舌打ちした。
此処数日間、ゴウトと別行動を取っていたライドウの行動が眼に見えて鈍くなり始めた時点で注意を促しておかなかった自分の責任か。幾ら重責に身を費やすとは云え、年端もゆかぬ少年。監督不行届と詰られても仕方のない状態だ。
せめて薬だけでも。
「ライド… 伊呂波?」
本名を呼んでも小さく呻き声を上げるだけのライドウに、鳴海は溜息をついた。
そしておもむろにコップの水を含み開封した薬を呷ると、ライドウの後頭部を引き寄せてそっと口唇を合わせる。
「――――――… 、っ」
薄く開かれた瞳の奥に、僅かな怯えと驚愕。何か云おうとしたのか開かれた口唇から口腔に舌を進入させ、更に口を開かせる。まるで力の入らない手で、ライドウの手が鳴海の服を掴んだ。
少しの間の後、ゆっくりと鳴海がライドウを解放すると、既に彼は意識を飛ばしていた。
「眠った… か」
薄っすらと汗をかいた額をハンケチで拭い、仄かに上気した頬に触れる。
夢見心地にたゆたうライドウは、無意識に手の感触を受け止め、自分でも驚く程安堵した心地で眠りの誘いに身を任せた。
静かに眼を閉じるライドウに、鳴海は優しく微笑んで毛布を掛けてやる。





「ゆっくり おやすみ」





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*欲望に忠実に走り過ぎました…!
ライドウは自分においてまったくの無頓着であるといい。ブッ倒れるまで無理するといい。
……………。
夢と妄想のかたまりです左様なら(猛烈ダッシュで逃亡)