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「黒木って恋人とか好きな人いないの?」 xxx 秘めて つい。 つい、ぽろっとこぼした須田の言葉は、何故か場の雰囲気を凍てつかせた。 言われた黒木も珍しく硬直し、安積も唖然としていたが、そんな中、速水だけがいつもと変わらぬ笑みを浮かべていたことが奇妙といえば奇妙だった。 須田が不意にそんなことを云ってしまったのも、いつもより少し大目に酒が入っていたせいかも知れない。最初は須田と黒木の二人だけのつもりだった。珍しく二人とも早く上がれたからもあっただろう。そして訪れた店先で、偶然二人で飲みに来た速水と安積に鉢合わせたのだった。 ならば、折角だし。と一緒に飲むことになって、心持ち浮かれていたのかも知れない。 あ、やばい。 最近の忙しさにかまけて黒木が例の看護士と逢ってないかも。なんて考えていたのが、仇になってしまったのかも知れない。軽く酔いの回った頭では、言葉尻をぼかすとか、其処までうまく回転が回らなかった。 「えぇと、すいません、俺ヘンなこと言って…」 流石に同じ台詞を繰り返す気になれず、曖昧に須田は言葉を濁した。 「あぁ、いや、」 何とか安積が口を開いたがうまくつむげずに終わる。それを速水が笑った。 「何だよお前ら、コイバナのひとつもしないのか」 むしろあなたの口からコイバナという単語が出ようとは。 須田は思ったが、黙っていた。 「小・中学生でも今日び、もっとダイレクトな話してるだろ? どれだけ初々しいんだ」 「速水達は部署内でよくそんな話をするのか?」 「まあどっちかといえば、更にダイレクトにした、婦警にはとてもじゃないが聞かせられん類だな。勿論小声…は、し難いからパトロール中かロッカールームとかぐらいだが」 安積が聞かなければ良かったな、とやけに疲れた口調で呟いた。 「別に悪いことじゃないだろう、恋愛のひとつやふたつ」 そこで何故か速水と視線が合ってしまい、須田は流れで同意するように頷いた。 「警察だって人間だからな、ちゃんと恋愛だって片想いだって何だってするさ」 何だか含みがあるような。 須田は何となく気にはなったが、前の自分の台詞の後押しだと思い、今度はちゃんと頷いた。 「まあ、そうだな、ちょっと唐突な気もしたんで驚いてしまった」 苦笑気味に安積が呟く。 「でもチョウさんだって俺に以前聞いてきたじゃないですか、結構唐突に」 「ああ…」 しかもあの時は恋愛ではなく結婚辺りの話だった気がする。 「へえ、で? 須田はどうなんだ?」 速水が興味深く問い掛ける。 「あんまり考えてないですね。ていうか何より、モテませんから、俺」 ふにゃり、と我ながら頼りないだろうと思える笑みを須田は浮かべた。 「そんなこったねえだろうよ」 「へ」 「は?」 須田の台詞を一刀両断した速水に、須田、安積が間の抜けた声を出した。 黒木は黙したまま。 「お前さん、自分で気づいてないだけで、随分男前じゃないか。それは確かに一見じゃ判らんかも知れんが、だからこそ価値が高いってもんだ。そこに気づいた奴はラッキーだろうな」 珍しいことが起きてる。 もしかして俺、何かよく判らないけど誉められてるのかな?ちょっと微妙なかんじはするけど。 呆然とする須田の前で、怪訝な表情をした安積に速水が「何か文句でもあんのか」と言っている。 ぼんやりとその風景を見つめる須田の耳に、 「確かに…」 と、呟く黒木の声が届いてきた。 ゆるゆるとそちらを見上げると、いつもの生真面目な表情の黒木が須田を見ていた。 「確かに須田チョウの魅力ってすぐには判らないかも知れないけど、でもその分すごいんですよ」 「………ッ!?」 まっすぐに見つめながら、黒木が言う。 珍しいひとに、珍しいことを更に言われたことで一気に須田の顔に熱が上がる。 「黒木にそんなこと言われるなんて思わなかった…」 「初めて、言いました」 だろうね。 いつも寡黙で、こんな内面的なことを言う黒木は未だかつてない。 「ありがと」 半分照れ隠しのつもりで、須田は笑って礼を言った。 「え、いえ…」 そう言われるとは思わなかったのか、黒木はちょっと困惑気味にどもった。 「んで」 その合間を縫って、速水が口を開いた。 「結局黒木の方はどうなんだっけか」 ああ、忘れてた。 周囲が過敏反応を示したせいか、話の筋がズレてしまったのを速水が戻した。 須田としてはもう関心は薄れていた。あんまり口出しすべきことでもない。つい口が滑ってしまったことを悔やむべきで、其れは無理に聞き出すことじゃないと思った。 「あ、その話はもう…」 いいんですよ、と須田が言い切る前に黒木が口を開いた。 「恋人はいないです。やはり忙しくて、つくる暇もないというか。でも…」 不意に言葉が止まる。 須田は黒木を見つめた。 「…ちょっと、気になるひとは、いるんですよ」 速水がにやりと笑って、小さく口笛を吹く。安積は「ほう」と呟いた。 須田はちょっと驚いて、「へえ」と声を出した。 答えが返ってくるだけでもびっくりしたのに。 「想いが届くといいね」 矢っ張りあの看護士さんかな? 微笑んでエールを送ると、黒木はまたさっきとよく似た困惑したような表情を浮かべた。 其の表情は嬉しそうとか、そういう前向きなものとは掛け違っていて、須田は戸惑った。 何でこんなに辛そうな顔をするんだろう。何で? その後は何だかぐだぐだとしていた。何とか速水が場を取り繕ってくれたが、今ひとつ盛り下がってしまったままで速水・安積と別れた。 寮に向かいながらも、居たたまれなさがつきまとう。 「すいませんでした」 不意に口を開いたのは黒木だった。 ひとけのない公園。照明は少なく、夜の帳も相まって、お互いの顔も半分闇に溶けている。 須田は立ち止まり、黒木の方に向かって頭を振った。 「謝らないでよ黒木。こっちこそ不躾にあんな話題出して御免」 「いえ、それはいいんです。ただ最後に場をしらけさせる感じにさせてしまって」 「いいって。大丈夫だよ」 安心させるように須田は笑ってみせたが、この暗闇で黒木に判ったかどうかは自信がなかった。 そこでまた会話が詰まり、須田は焦った。 ど、どうしよう。 「須田チョウ」 「えっ な、なに?」 裏返った声を出してしまった。 須田はへんな恥ずかしさを覚えたが、黒木は気にしていない風だった。 「さっきの話題の流れを蒸し返すみたいなんですが、ひとつ、聞きたいことがあるんです」 「う、うん。いいよ、なに?」 須田の言葉に黒木は一瞬だけ躊躇いをみせた。だが確かに一瞬だけだった。 「報われない恋をするのは愚かだと思いますか」 頭が真っ白になった。 須田はとっさに言葉が出なかった。 報われない恋。 報われない片想い? 誰が。 黒木が? 普段の彼からは全然想像出来ない内面だ。 でも彼だって人間だ。速水の言葉を借りれば、警察だって恋愛はするのだ。 例え報われなくとも。 考えたのは、そんなに長い時間ではなかったと思う。須田はゆっくり口を開いて答えた。 「詳しいことは判らないけど、愚かとは思わない」 真っ直ぐに黒木を見て、須田は言った。 黒木の動揺したような雰囲気が伝わる。しかし、少しの間の後、黒木は小さく息を吐くと須田に近づいた。 「黒木?」 彼は今の言葉をどう受け取っただろう? 目の前まで来た黒木の顔を覗きこもうとする。 「………!」 黒木の顔が予想以上に近づいたのだ。 とっさに目をつむる。 と、一拍の後、肩に掛かる重みを感じて須田は目を開けた。 目の前に黒木の肩。 視線を横に向けると、自分の肩に額を乗せている黒木の耳が見えた。 「どうしたの、黒木…」 「いえ…」 普段の彼らしくない、頼りない声。顔を須田の肩に寄せてくぐもっているせいもあるかもしれない。 「ただ、須田チョウにそう言ってもらって、少し嬉しかったんです」 「そっか」 「はい」 それ以上互いに何も言わずしばらくそうしていた。 須田は肩に黒木の体温を感じながら、濁った夜空を見上げて、何故か無性に寂しくなった。 ―――――――――――――――――――――――――――――― *需要があるのかどうか、はなはだアヤしい黒木→須田です。超がつく程片思い、みたいな。 なんか、速安よりも先に思いついたのがこれでした。あと「獣」。 個人的に黒木→須田の片想い悶々と、がっつり黒須とどっちも好きなかんじなんですけど、どうでしょう。 てゆうか矢ッ張り黒木×須田は浮いてますかそうですか(半泣き) あと最近になって「半夏生」読んで、慌てて推敲し直したので、どうあがいても流れがおかしいです…。 こう、あの彼女の話はショックと同時にオイシイネタだな、と思ったんですけど、うまく取り込めませんでした… 凹 2009.07.07 戻 |