xxx 全部、きみ 1. 触れたいと思うのは、 (速水×安積) 「… 何だ?」 いつもより早く帰宅出来たと思ったら、更に早く署を出ていた筈の速水が家のソファを占拠していて一気に脱力した。たまにあることとは云え、まるで自分の家のように寛ぐのはどうかと思う。 しかし折角の時間を無碍にするのも馬鹿らしい。 そう一人で完結していつものように酒を片手に速水の隣に座って、テレビのニュースに目をやり初めて数分後。別に会話があった訳でもない、いきなり速水が手を伸ばして安積の髪を静かに撫で始めた。 「どうした、速水?」 「別に」 「… ?」 「ただ触れたくなっただけだ、お前に」 それ以外の意図などまったく感じさせずに、速水はそう云い放った。一瞬唖然とした表情を浮かべ、しかし次にはそれを崩して安積は、速水のがっしりとした肩に凭れ掛かった。 「どうした? 安積」 「いや」 「………」 「ただ触れたくなったんだよ、お前に」 先刻の遣り取りをそっくりそのまま投げ返して、安積は小さく笑い、そして速水も笑った。 触れたいと思うのは、(お互い様だ) ―――――――――――――――――――――――――――――― 2. 引き金をひくのは、 (速水×安積) その躊躇いのない目が昔から好きだった。 今では滅多に銃などを構える機会も減った。安積自身が大会に出場することがなくなったし、幾ら強行犯係とは云え、捜査で携帯することはあっても、構えて、更に射撃することなど余程のことがない限り有得ない。 だが、だからこそ。 滅多に有得ない機会だからこそ、普段からは想像出来ないくらい鋭い眼光で的を見詰める彼の目が好きなのだ。 「お前にだったら、撃ち殺されてもいいな」 いきなり呟かれた言葉に、予想通りと云うか、安積は怪訝な表情を浮かべた。 「いきなり何だ。物騒だな」 「そのままだよ」 「意味が判らない」 「判らなくていいさ」 相変わらず怪訝な表情の安積は、記憶にある眼光からは程遠い。それを知る僅かな人間であることに、速水は愉悦を覚える。 そう、有得ない想像だが、想像であっても、その時、 引き金をひくのは、(お前でなくてはならない) ―――――――――――――――――――――――――――――― 3. 泣いてほしいのは、 (黒木→須田・ドラマ版) 隔離部屋へ移動しました。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 4. 涙を拭ってくれるのは、 (黒木×須田) 多分自分が一番刑事らしくないと思うのは、こんな時だ。 署内で最も使用頻度が低い、奥にある手洗いで、須田は嗚咽でしゃくり上がる肩を止められずにいた。声は漏らさないように必死になるが、どうしても込み上げる嗚咽に微かな声が上がる。あまりひとが来ないとは云え、大っぴらに出来る行動ではないだけに、須田は隅で小さく縮こまっていた。 感情移入なんていつものこと。 哀しくない、苦しくない事件なんて存在しないのだ。判ってはいる。しかし感情は自由自在に扱えない。特に自分は制御しきれずにいることが多いから尚更だと云うのに、今回は駄目だった。 哀しくて、苦しくて、遣る瀬なくて、どうしようもなくなった。 「……っ、ぅ、…、」 嗚呼あのひとが少しでも救われるといいな。 泣いて泣いて、頭が痛い。でも何だか全然止まらない涙に、須田が途方に暮れ始めた時、不意に抱き締められた。音も気配すらもなかった。一瞬にして強張る須田に、聞き慣れた声が響く。 「須田チョウ」 「なん… っで、こ、此処っ に?」 「先刻犯人を検挙した後から須田チョウの態度が、ちょっと… おかしかったので気になってたんですけど、気づいたら居なくなってて。…探しました」 少し息が切れた感じの黒木の体温は高く、冷えた空間に居て、同じくらい冷えた体温の須田に、彼の体温は熱いくらいに感じられた。 「ご、ごめ… っ、」 謝ろうとするが、上手くいかない。すると黒木は少し身を離して、小さく困った風に笑うと、須田の涙を拭った。 「いえ。こちらこそ、無遠慮にすいません。でも、一人で泣かせたくなくて…、 …傍に居るだけなので此処に居ていいですか」 勝手に抜け出して泣いていた須田を注意するでなく、挙句配慮までする黒木の優しさに、須田は少し治まっていた涙が再び込み上げてきた。ぶり返してきた嗚咽でうまく言葉が発せなくなった須田はただ黒木にしがみつくことで先刻の言葉の答えとした。 嗚呼、涙を拭ってくれるのは、(お前で良かった) ―――――――――――――――――――――――――――――― 5. 幸せをねがうのは、 (速水×安積) 「御疲れさん」 台風のように激しく吹き荒れた事件がようやく一段落して署に戻った安積に、ちょうどパトロールから戻った速水が声を掛けた。 「嗚呼… 今回は、少し骨が折れたな」 「確かに、疲れた顔してるな。大丈夫か」 「… 大丈夫だ」 返す言葉にもいつもの覇気がない。速水は苦笑する。 「お前はいつも自分の内に溜め込むからな」 その速水の言葉に、安積も苦笑を浮かべた。何となく判っているのだろう。しかしそうと判っていても無理をする。それが安積と云う男なのだ。 いつもより若干痩せた感のする頬に手を這わせる。 普段なら叱責する類の行動なのに、疲れの蓄積した安積は何も云わない。恐らく其処まで考えが巡らないのだ。これはかなりの重症だ。 「お前、本当に今晩はしっかり休め。いつか壊れるぞ」 「判ってる」 「本当か。お前は口先だけが多いからな」 「今日は酷く絡むじゃないか」 小さく笑う顔にも矢張り元気がない。速水はつきたくなる溜息を押しとどめて安積を覗き込んだ。 「お前が心配なんだよ」 「速水」 「俺の気持ちを全部判れとは云わん。そんな人間なんざ居やしない。だが俺はお前が心配なんだ。ついでに云っといてやるが、俺と云う一個の人間が心配する最大の人間は安積、ただ唯一、お前だけだと知れ」 流石の安積にも直喩のままに云われると伝わったのだろう。 僅かに照れて視線を彷徨わせる安積を見て、速水はそっと笑った。 いついかなる時でも、心配し、想うのは唯ひとり。 そう、その身の幸せをねがうのは、(お前だけなんだよ) ―――――――――――――――――――――――――――――― 6. 笑い合いたいのは、 (黒木→須田・ドラマ版) 隔離部屋へ移動しました。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 7. 愛おしく感じるのは、 (黒木×須田) 好意を抱いたり、興味を持つひとはたくさん居る。 それは友人であったり、同僚であったり、上司であったりと、立場などは様々だが、中でも突出して『特別』となるひとも、また存在するのだ。 どうしてそのひとなのか。とか、どうしてそう想うのか。などと云う言葉は最早愚問だ。 そう認識した時、そのひとは既にその位置に存在してしまっているのだから。 「黒木、ねえ」 「はい」 「どうしたの、一体?」 深夜の寮の部屋で、二人は一緒に居た。 食事を取り、風呂も終え、ゆっくりと寛いでいたとき、黒木が動いた。 雑誌を机に広げて読んでいた須田の後ろに回り、縋るように抱き締めて首筋に顔を埋めた。吃驚した須田の動きをも易々と押さえ込んでしまう。たまに後ろから抱き締められることはあった。だが此処までの拘束は珍しかった。 「黒木?」 風呂上りの身体からは石鹸の清潔な香りと、シャンプーの甘い香りがする。乾かされた髪は、天然パーマなこともあってふわふわとしていて、時折頬に触れるとくすぐったい。抱き締める身体は柔らかくて、何だか酷く安心している自分が居た。 「嫌ですか?」 「別に、そう云う訳じゃないんだけどさ」 ひとつ溜息をついて、須田はようやく身体の緊張を抜いて、僅かに黒木に身体を傾けた。 「何かあったりしたの?」 いつもと違う行動を取ると何か意味があると想ったのだろう。顔を見なくても心配そうに眉を下げる須田の表情が想像出来た。 「いいえ。ただこうしたかったんです。駄目ですか?」 「全然。ちょっと驚いただけ」 素直にその言葉を呑み込んで、須田は小さく笑った。 この、泣きたくなるほどの安心と、信頼。 それを勝ち得ている自分に、ひどく泣きそうになって、更に黒木は須田を抱き締めた。この腕の中の存在が、果てしなく大切だ。 此処まで想えるひとに出逢えたことに感謝する。 (そう、こんなにも愛おしく感じるのは、貴方だけです) ―――――――――――――――――――――――――――――― *久々にお題攻略です。 流石に7つあると攻略キツイですね。 でもその分やりがいはありましたし、久々の速×安が書いてて超楽しかったです! 何だろう、この、安定したカンジのある熟年夫婦のような二人は…! 自分の中でそう思っている節があるのかもしれません。 季節モノの企画とか苦手で結構スルーするんですけど、今回はクリスマスに間に合わせました。 … まあ内容は全然クリスマスとは関係ないんですけどね… 多分正月もスルーします…。 …皆様よいお年を! こちらから、お借りしました。 …酸性キャンディー 2009.12.25 戻 |