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xxx 片想い傍観者 ずっと貴方を見ていた。 「黒木、黒木」 不意に名を呼ばれ、黒木は我に返った。 「はい」 「大丈夫? なんか、ぼぅっとしてたけど」 「大丈夫ですよ」 「そっか」 そうして須田は再び対面していた相手と向き合った。 相手は女性。突然目の前で起きた事件に顔は青冷め、落ち着きなく視線をあちこちへと泳がせている。 無理もない。 普段なら既に帰宅して仕事で疲れた身体を癒している時間帯だ。それを唐突に破壊されれば、誰でも動転する。 それでなくとも目の前の道路にははっきりとそれと判る血痕が点在している。つい先刻起きた通り魔の生々しい名残りだ。辺りを占めている野次馬達ですら強張った表情を浮かべている。それを目の当たりにしたショックは測り知れない。 「落ち着いて下さい、大丈夫、大丈夫ですから」 「でも、だって私」 「ええ。大変でした。でも貴方には何の心配もいらないんです。さ、ゆっくり深呼吸して」 長らく安積と一緒にいたと云うだけあって、こういう時の対応は彼を彷佛とさせる。安積は包容力があって、包み込むような安心をくれる。しかし須田は少し違っていて、頼りたくなるような、隣にいてくれるような安堵感を抱かせる。見掛けの印象もあるが、内から滲み出る優しさを皆感じ取っているのだろう。 「有難う… 刑事さん」 「いえ。少しは、落ち着かれましたか」 「はい…」 「辛いでしょうが、もう少し辛抱頂いて、後で捜査への協力をお願い出来ますか」 まるで自分が痛いように須田は表情を曇らせながら、話し掛ける。目撃者の女性は一瞬逡巡した表情を浮かべたが、向かい合う須田の表情を見て、小さく頷く。 「ええ… 貴方に、話せばいいんですか?」 「構いませんけど、もう大丈夫ですか?」 「まだ、ショックは残ってますけど、でも、貴方になら、話せそうな気がするんです」 弱々しく微笑む女性に、須田は優しく微笑んだ。 「そうですか…、 有難う御座居ます。では…」 須田が話を聞き始め、僅か後ろに控えていた黒木は手にしていた手帳に事柄を書き込んでいく。 相手を気遣いながらの聞き込みは難しい。しかし須田は相手の立場になって親身な姿勢を取っていて、相手もそれを感じ取って徐々に身体のちからを抜いてくれる。今の黒木には到底出来ないことだった。 「御協力有難う御座居ました。また何か思い出したこととかありましたら、神南署までお願いします」 そう云って頭を下げる須田に、女性が何か云いたそうにする。それに気づいて須田は首を傾げた。 「何か思い出されたことでも?」 「いえ、あの。 …刑事さんの名前、なんていうんですか」 「須田です」 「 …須田さん。何か思い出したら、貴方に云いに行きます」 きょとん・とした須田に、女性は小さく一礼して、そそくさと現場の雑踏から離れていってしまった。住所氏名は控えてあり、連絡先は判っているので無理に引き止める理由もない。須田もただ見送り、黒木も無意識にそれを見送ってしまった後で視線を戻すと、既に須田は他へと移動していて、黒木は一瞬焦る。僅かの距離を駆けて、いつもの須田の一歩後ろにつく。 「須田チョウ」 「ん?」 「先刻の方ですけど」 「何かおかしなことでもあった?」 つい意のままに言葉を発してしまい、黒木の須田の返答に呆気なく窮してしまう。 「いえ、」 曖昧な言葉を発してしまった黒木に、須田は別段気にすることなく、視線を辺りの雑踏へと向けた。 「あんな怖いめに遭ったのに、気丈なひとだよね」 呟いた声は小さく、黒木は一瞬何を云われたのか判らずにいた。 「俺達はさ、事件と聞くと身の引き締まる気がするけど、普通はそうじゃないでしょ。怖いし、出来ればすぐにでも其処から逃げたくもなるだろうし。でも、ああいう風に強く留まってくれるひとが居るって云うのは、凄いことだと思うよ」 まるで自分に災難が降りかかってきたかのように痛々しい表情を浮かべる須田は、往来の人々を眺めていた。青ざめていた女性を思い出しているのだろう。そして、その身に起きた衝撃を己のことのように感じている。 刑事としては有り得ないほどの感情移入。しかしそれも彼の人となりを知れば当然のことなのだ。 「早く事件を解決して、安心してもらわないと」 あからさまに込められた好意の意味にすら気づかずに、須田はただ事件だけを見据えていて、黒木はその鈍さに驚くとともに、その姿勢に感嘆すらしてしまう。 貴方を見ていた。 少しずつ少しずつ判ってきたつもりでも、いつも新しい側面を見つけては驚く。そしてその度に惹かれていく自分がいる。 貴方をずっと、傍で見ていたい。今は、ただ。 そしていつか、この哀しいまでに優しいひとを傍で支える存在になりたいと、強く、願った。 ―――――――――――――――――――――――――――――― *ちょっと初心に戻ってみよう、な・黒→須です。 片想い 最 高 …! 最近甘々が多めだったので、初心にかえってストイックなまでに寡黙に相手を見詰めるだけの黒木を目指してみました。この報われるような報われないようなもどかしい感じ。黒→須はこういう「嗚呼もう!」みたいなのが醍醐味ですよね(判り難いです) まあタガが外れるパターンも 大 好 き ですけど。 2010.03.31 戻 |