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※初めにオリキャラ出ます。注意。 「赤い糸」 繰り返して呟いた言葉は、思っていた以上に現実味がなかった。 xxx 赤い 糸 「あれ? 須田くん知らないの?」 ナチュラルな素材で統一された落ち着いたカフェの一角。店内はカントリー調の優しい音色が流れ、忙しない都会の時間から切り離されたような錯角すら思わせる。店内は女性客が大半を占め、僅かに居る男性も相手の女性の同伴でないと入りづらい雰囲気だ。 そんな店へと須田を誘った相手の女性はナチュラルなメイクとアースカラーでまとめたすっきりとした服装の清潔感溢れる風情で小さく笑った。随分長い間友人として付き合いのあった彼女はかなり気心の知れた間柄だった。場違いな雰囲気に尻込みしていた須田も、相対する女性のいつもと変わらぬ姿勢に徐々に肩のちからを抜いていく。 「いや、知ってるけど」 「小指のやつよ?」 「うん。運命の男女の小指と小指を結ぶ糸だろ?」 「それそれ」 うんうんと頷く彼女に、須田は首を傾げた。 「で、それがどうかした?」 「信じてる? 須田くんは、それ」 唐突な流れに須田は瞬きする。 「面白いな、とは思うけど。その伝承は日本発祥じゃなくて中国辺りからきたものらしいんだけど、実際のところ足首と足首を繋ぐ赤い縄らしいよ。何故か日本じゃ小指に糸だけど。他の国でも結構信仰されてることがあるから、眉唾ものではないみたいだね」 「流石須田くん。縄とか足首とか初耳。じゃ結局は信じてないってこと?」 「信じてるかどうかとはちょっと違うかな。それが一体…」 「昔って結構信じてるひと多かったでしょ? 今はどうかなって思って」 少し遠い眼をするその表情には陰りが見える。それに須田は気づいた。気づいたが、何が原因なのかまではまったく知り得ない。何を云えるでもなく、ただ須田はくちを閉ざす。 「そういうのって今はもう迷信かな?」 「どうかな… 信じれば存在するだろうし、信じないひとにはそれはないんだと思うよ。君は?」 「うー…ん そんなものなの? 曖昧なんだね」 話をのらりくらりとはぐらかし、ただ笑う相手に、須田は僅かに眉を潜めた。 『赤い糸、信じてる?』 そう切り出した時の彼女はどんな顔をしていた? 思い出そうとして、結局思い出せない。いつもの他愛無い会話のひとつとして彼女が云ったのだ。だがその裏には隠された何かあったのかもしれない。 「ねえ…」 「あ! 小指なのってあれかな。約束するとき、小指で指きりするじゃない。それでかな?」 「え」 「ちょっと待って、もしかして指きりも何か違っていたりする?」 矢継ぎ早に出される言葉に、須田は返答に詰まる。脳裏で整理しようとした瞬間、相手の様子が変わった。眉間に皺を寄せ、くちびるを噛み締めると俯く。しぼめた肩が小さく震える。 「もともと… 違ってたのかな…」 「………」 「信じてるだけじゃ、足りなかったのかな…?」 彼女は感情を押し殺した声で語り始めた。恋人が突然別れを切り出してきたのだと云う。他に好きなひとが出来たのだと、だから別れたいと、そう云われた。今まで全然そんな素振りはなく、それだけ巧妙に隠されてきたことに愕然としつつも怒りも哀しみも同時に込み上げて来て厭だと叫んだ。 いや、いや、いや。 どうしてなの、こんなに好きで、こんなにずっと一緒に居たのに、どうしてなの。 どうして貴方は他のひとなど見てしまったの。 信じていたのに、信じているのに、どうして背を向けるの。 結局彼は止める彼女を振り切るように去ってしまった。 未だに彼が好きで、でも追い詰めたり追い掛けたりするのは無様で、妄執じみていて出来ない。 ただまた彼の心が戻ってくるのを待てばいいのだろうか。どうしたらいいのか判らない。ただ哀しくて苦しくて、おかしくなりそう。 嗚呼、今までの日々が嘘みたい。 泣きながらも、何処か偽物のような現実がおかしくて哀しい微笑みを浮かべる彼女を見るのが辛くて、須田は一緒に涙を流した。 「須田、オンナ泣かせたんだって?」 数日後、不意に掛けられた言葉に、須田はくちにしようとしていたコーヒーを吹き出しそうになった。 神南署二階の隅にある小さなロビー。品数の少ない自販機で買ったコーヒーにくちをつけようとした瞬間に速水の言葉が降ってきた。 「ちょ、速水さん?!」 いつの間に来ていたのか、ぼんやりとしていた須田は全然気がつかなかった。 「ひ、人聞きの悪いこと云わないで下さいよ…」 誰かに聞かれやしなかったかと周囲をきょろきょろと見渡す須田に、速水は意地の悪い笑みを浮かべる。 「違うのか」 「違います。まったく… 誰から聞いたんですか」 「それは極秘だな。ま、俺は万能なんだとでも思っておくといい」 返される言葉に須田は苦笑して肩をすくめた。速水はポケットから小銭を取り出すと、須田と同じコーヒーを買って設置してあるベンチに腰を下ろした。 「で?」 「え」 「で、実際はどうなんだ?」 有無を云わせぬ雰囲気に、須田は一瞬たじろいだ。だが逃げられる気もせず、小さく息を吐いてベンチに座る。 「知り合いの相談に乗ってたんですよ」 「それがそのオンナか?」 「ええ。相談って云うか… 話と云うか。彼女、恋人にフラれて情緒不安定になってるみたいで、誰でもいいから話を聞いてもらいたいみたいだったんです。…随分思い悩んでるみたいで…、 …辛そうでしたよ」 封を開けた缶コーヒーを手に持ったままくちをつけようともせず、須田は大まかな流れを説明した。 「… 速水さんて、赤い糸、信じてます?」 「赤い糸。あの小指と小指にってやつか」 「そう、それです」 「信じてないな」 きっぱりと云い切る速水が潔く、須田は苦笑した。 「彼女は信じていたみたいでした」 このままずっと一緒に居ることが当然続くと信じていた。 一緒になるべくして出逢った二人だと、そう信じていた。 そう、それは赤い糸で結ばれているかのようで。 「ロマンチックと云うか、夢見心地と云うか。それだけ相手が好きだと云うことか。まあどれかは知らんが」 ぐい・と缶を煽ってコーヒーを一気に飲みほした速水は、そのままの流れで缶をゴミ箱に向かって投げた。宙を切ったそれは吸い込まれるように箱へと入る。 「信じてるなら、切れた・無かったと嘆くより、もう一度結びなおす努力をしたらいいんじゃないのか」 「………」 「そいつが信じてるなら、あるんだろう。ならば手繰り寄せることだって結び直すことだって何だって出来るだろう」 「また凄く… 思い切った言葉ですね…」 ぼんやりと呟く須田に、速水は相も変わらず意地の悪い笑みを浮かべた。 「所詮は糸だからな」 云い切る言葉に、つい吹き出してしまう。 「元々は縄らしいですよ」 「そいつは随分とごついな。しかし相手を結びつけるくらいなら、それくらいあった方がむしろいいかも知れんぞ」 「速水さんらしい」 苦笑する須田に、速水はふと思いついたように更にくちを開いた。 「須田は信じてるのか」 既視感。 嗚呼、彼女にも聞かれたんだったっけ。 須田は相も変わらず缶を手にしたまま一向にくちもつけずに持て余す。 「面白い話だな・とは思います。だけど… 信じてるかどうかは微妙です。信じてるとも云えないし、信じないとも云い切れない」 「また中途半端だな」 「はは、我ながらそうだと思います。あってもいいと思うし、なくてもいいとも思う。彼女にも云ったんですけど… 信じてるひとたちの間には存在してるだろうし… 信じてないひとには存在してないんじゃないかと思うんです。それはひとそれぞれでいいと思ってる。だからどっちつかずな答えになってしまうんです。だから彼女には存在してたんだろう、そう思います」 須田の言葉に、速水は押し黙った。 須田もまたそのままくちを閉ざした。 思うのは、泣いていた彼女。 胸に感じたのは、痛み。それは何に対してなのか、須田は気づいていた。揺らぐ気持ちが生まれたことにも気づいていた。 「… じゃあ、聞き方を変えようか」 「え」 「須田自身の小指には、赤い糸はあるのか。そう信じているのか」 ひゅっ・と息を呑んだのが、自分でも判った。 速水は聡い男だ。それは安積と組んでいる時の会話を聞きかじっただけでも充分過ぎる程理解出来た。だからこそ友人の彼女には気づかなかった曖昧な部分にすら彼は気づいた。 「――――――――――」 言葉に一瞬詰まった。だが、 「俺は」 無意識に言葉が零れた。 気持ちは決まっている。そう思っているのだ。 「俺は信じてます。この指の先に、存在していると――――――――――」 虚空の先、見詰める相手は唯一人。 それを見詰めながら云う須田に、速水はいつも通りの笑みを浮かべて立ち上がる。 「俺は信じてはいないが、だが、俺もそう信じている奴の糸は、信じているんだ」 云い、速水は立ち去った。声を掛ける暇もない。 茫然とそれを見送り、須田は手にしていたコーヒーをベンチの隅に置いた。そしてスーツのポケットに手を入れ、そっと何かを取り出した。手のひらに載せても尚小さいそれを、ただ見詰める。 ……… 貴方が、信じていてもいなくても。 脳裏に声が反芻した。 吃驚するくらいに冷たい手で須田の手を握った男は、ただ真っ直ぐ須田を見詰めた。 この気持ちは、きっと運命だと思う・と彼は続けて云った。 真摯な眼、言葉、繋がった手と手の間に見えない何かが存在しているかのような錯覚。 空いた手をポケットに入れ、彼は何かを取り出した。ただひたすらに茫然とそれを見ているだけの須田の左手の小指に、手以上に冷たい何かが触れる。それが何であるのかを理解して初めて須田は狼狽した。鈍く銀色に光るそれは、 ……… 見えないならば、見えるようにしてあげましょう。 それはまるで赤い糸の代わりと云わんばかりの指輪。飾りっ気もなにもない、宝石のひとつがあるわけでもない、いつものストイックな彼を具現したかのような銀の指輪。静かに束縛するかのように指に収まったそれを見詰める須田に、もうひとつ指輪を渡すと左手を差し出した。 ……… つけてもらえますか。 何の儀式を模倣しているのかはすぐに判った。俺、と小さく呟いた須田を遮るように彼はただ触れるだけのキスで黙らせた。手とは裏腹に熱いくちびるはいつもと変わらず、胸が震える。 ……… 疑問も謙遜も、ましてや拒否などは受けつけません。貴方と俺はもう、既に繋がっているんですよ。 強引すぎる言葉はかえって須田を安心させた。込み上げる気持ちを抱えながら須田は彼の小指に指輪をつける。 彼がこんな行動に出た理由に気づいていた。 先日逢った知り合いの女性の話を彼にしていたからだ。当事者よりも傷ついた須田を見て、そんな行動に出たのだ。 絶対的なものはない。運命的なものは信じ切れない。確実なものなど存在しない。だが何かに頼り縋っていないと生きられない哀しい生き物である自分達を無理矢理にでも安心させる為にも、これは大切な儀式だった。 言葉に詰まる須田を彼は黙って抱き締めた。 指輪を見詰め、静かに須田は涙を流す。 思い出すのは、泣いていた彼女。いつかきっと運命が繋がるようにと願う。 思い出すのは、指輪をくれた彼。ずっといつも運命で繋がるようにと祈る。 そっと手のひらの指輪にキスを落とし、大切にポケットにおさめると須田はその場を後にした。 ―――――――――――――――――――――――――――――― *黒木が(名前すらも)出てませんが、黒須です。 須田は、こと自分のことに関してはメンタル弱いとこあるんじゃないかな・と思います。 普段はしっかり地に足をつけてるタイプなんだけど、意外なとこで揺らいでしまうような。其処を黒木はちゃんと判ってて、埋めてくれたらいいな・とも思います。 あと速水と安積は無意識に須田を甘やかすといいと思います(そして気が気でない黒木)(大丈夫、それはloveではなくlike) 参考文献…wikipedia(運命の赤い糸) 2010.04.25 戻 |