xxx きずあと。



今日も一日暑かった。
まだまだ初夏と云える時期だというのに、日々の気温は常に上昇し更新し続けている。地味に高い湿度と相まって、捜査で駆け回る身としては冬とは違った辛さのある季節だ。
いつも以上によろよろと動き、汗を拭いて、須田はようやく署で一息ついた。
見ると席の向こうでも安積がいつもよりも疲れた風な表情を浮かべている。
「チョウさん大丈夫ですか?」
話し掛けると、安積は少し苦笑を浮かべた。
「ああ… 今日はいつもより一層暑かったな。昨日はそれなりに過ごしやすい日だったせいか、随分堪えた気がする。須田はどうだ」
「確かに、昨日は久々に過ごしやすかったですよね…。判ります」
「こういう日は、むしろ風呂で熱い湯船に浸かりたいな」
「はは、それいいですね」
話している内に他のメンバーもいつもよりやや疲れた面持ちで署へと戻ってきた。くちには出さないが、今日再び更新された気温に参り気味なのは明白だった。
幸いにも入電も少なく、メンバーは早々に帰宅の途に着く。
寮へと黒木とともに戻りながら、須田は取り留めのない話をしつつ、先刻の安積との会話を持ち出した。
「黒木は今日、風呂行く?」
何の気なしに云った言葉に、一瞬黒木が止まる。
須田が疑問を感じるより早く平素通りに戻った黒木は、首を横に振った。
「いえ、今日は部屋のシャワーで済ませます」
「そうなの? こういう日こそ風呂の方が疲れが取れると思うんだけど」
「ええ… いいんです」
いつも通りの表情からは何も窺い知れることは出来なかったが、須田はそれ以上言及することなく、その流れは其処で途切れた。



なんだろう、何か引っ掛かる。



風呂を済ませ、須田は黒木の部屋を訪ねた。
「どうしました、須田チョウ?」
黒木も丁度シャワーを終えたのだろう。濡れた髪のまま須田を迎えた。其処におかしな雰囲気は感じられない。何かあったんだろうか・とか、体調でも崩したのか・とかいろいろと気を揉んでしまった須田は、二の句が継げずに結局おろおろとしてしまう。
それに気づいた黒木は小さく苦笑した。
「心配掛けてすいません。でも、本当に何でもありませんから」
「ん… 何でもないならいいんだ。良かった」
もしも体調を崩しているようならば早く何とかしてあげたいと思い、濡れた髪をきちんと拭かずに駆けつけた須田は、ぽたぽたと水滴を落としながら笑った。
「須田チョウ、髪、全然拭けてませんよ」
「あ、ごめん」
「タオル持ってきます」
踵を返す黒木に、須田は慌てた。
「ご、ごめん黒木、いいよ、すぐ部屋に行くから…」
吃驚するくらい敏捷に動いた黒木に、須田は一瞬追いつけなかった。しかし先を行く黒木の背中の服を掴んだ瞬間、

「痛ッ」

と小さく声が上がった。
「え」
掴んだのは服だけだ。僅かに指が背中を掠めただろうが、まったくちからを入れたつもりはなかった。呆然とする須田に、黒木が向こうを向きながらもくちに手を当てたのが判った。
『しまった』
そんな心の声が聞こえてきそうだった。
「黒木…?」
「… すいません」
振り返る黒木に、須田が再びおろおろとし始める。
「どうしたの。俺、そんなに強く掴んじゃった?」
「いえ、違うんです。これはその、元々あった傷が」
「怪我?!」
「そんな大層なものじゃありません」
「じゃあ一体…」
珍しく要領の得ない言葉を紡ぐ黒木に、須田の戸惑いはピークに達してしまいそうになっていた。
「… すいません」
再び同じ言葉を発した黒木に、須田はただ黙って彼を見詰めた。
それに何とも云えない表情を浮かべ、黒木はおもむろに着ていたシャツを脱ぐ。唖然とその行為を見ていた須田に、黒木がくるりと背を向けた。
「――――――――――」



その背中に走る、幾筋かの傷 ――――――――――



そんなに深いものではない。しかし僅かに赤く腫れるそれは古いものには見えない。だが一体いつ黒木はこんな傷を、一体誰につけられたのか、まったく想像出来ずに須田は混乱する。
「え… なにそれ…」
呟く須田に、黒木が振り返って笑う。
それは彼にしてはまた珍しく嬉しそうな、何処か面白そうで意地が悪そうな、いろいろな感情が入り込んだ笑みで、須田は一瞬ぽかんとしてしまう。



「須田チョウが昨夜、つけたんですよ」



昨夜…――――――――――
何を云われたのか理解出来ずに、黒木を見詰める。しかし、
「――――――――――ッ!!」
音が出そうなくらいに一気に頬を紅潮させて、須田は黒木から視線を外した。
昨夜。
そう、昨夜の彼との行為が一気に脳裏にフラッシュバックされたのだ。
久々に過ごしやすい気温だったというのに、熱くて苦しくて溶けそうだったあの流れの中で、随分と意識も記憶も飛んでしまっているが、抗いきれない快楽に、押さえ切れない想いに、ただ必死で須田は黒木にしがみついていたことだけは明確に覚えている。

加減も出来ずに、爪を立ててしまっていたことも。

「流石に、ちょっと云い逃れが難しいんで」
「………っ、………!」
一度自分にキスマークが残されて以来、自分へのチェックは自然と身についてしまっていたが、こうした黒木への跡はまったく考慮していなかった。紅潮していた顔から、一気に血の気が引く。
まさか自分がつけただなんて。
まさかこんな傷になっていたなんて。
痛々しく背中に走る傷は、まだ僅かに赤く腫れていることもあって痛そうに見えた。罪悪感が込み上げる。そんな須田の胸中を理解したのか、黒木はまったく違った笑みを浮かべた。
「須田チョウが気に病むことはないんですよ」
「でも、」
「俺は嬉しかったですから」
真顔で云われ、須田はもうどうしていいか判らなくなった。考えのまとまらない頭を、黒木が引き寄せる。あ・と思う前にただ抱き締められた。
「これは須田チョウから俺への、想いですから」



だからこれは傷なんかじゃないんです。



呟かれた言葉に、須田は言葉を失った。
(嗚呼、ならばこの傷の跡がいつまでも残ればいいのに)





――――――――――――――――――――――――――――――





*溶けているのは、むしろこの脳。

久々に書いたらまとまらない上に文章が何処となくヘンな気がします。
そしてもう「あるある」すぎるネタに全自分が泣いた。

そして今の寮にもちゃんと(大浴場的な)風呂が、更に各部屋にシャワーがあることを祈ります。
たいした捏造っぷりで申し訳ありません…!

2010.07.04