そのてはやさしくあたたかい。



xxx やさしいけもの。



触れる手は温かく、知らず安堵の溜め息をついて須田は瞼を閉じた。
「落ち着きましたか?」
囁かれた言葉は低く、ささやかで、それに小さく頷いて須田は瞼を開けて黒木を見詰めた。
嗚呼、
身体中を駆け抜けた嵐も、今は過ぎ去って消えた。
「辛かったですか?」
身体を重ねる度に繰り返される問いに、須田は苦笑する。
行為の間は確かに激流に翻弄されるが、それは決して苦痛ではない。
「そんな風に、みえた?」
質問に問いで返すと、黒木は少し曖昧に笑った。
「何と云うか… そう云った行為としての器官ではないこともありますが、それでなくても負担が明らかに大きい気がするので」
至極真面目に答える黒木の答えに、須田は思わず破顔した。
「黒木ってば」
「なにかおかしいですか」
「おかしいっていうか…」
思い出すのは行為を求める瞬間の黒木の眼。
まるで獲物を捕らえた肉食動物のような鋭い視線からは窺い知る事が出来ないその答えが、相反する別個のもののようにも感じられて仕方がない。
「辛くないよ」
くすくす。
押さえ切れない笑みを零しながら、須田は先の問いの答えを返した。
「苦しいとか、そう云うのは確かにあるけど、それはたいした問題じゃないんだよ。俺はそう云うのは全然気にしてないんだ。それに、辛かったり、厭だったりしたら、とっくの昔にそう云ってる」
その言葉に黒木が眼を見張る。
嗚呼、
「黒木は可愛いなあ」
咄嗟にくちから出た言葉に、今度は一瞬にして黒木は苦い顔をする。それを見て、矢張り須田は可笑しそうに笑う。たまに垣間見える少年くささが、酷く愛しい。
「それでも相手が欲しいんだって、黒木だってそう思ってるんでしょ?」
「… ええ」
素直に頷く黒木が矢張り可愛くて、須田は再び笑う。
「俺が苦しそうに見えるのは、多分ちょっと、激しいのについていけてないだけだと思うんだよ…」
「そうなんですか?」
「其処を真面目に問い返さないでよ」
「気になったので…」
苦笑する。
「何て云うかね、例えるなら補食ってかんじがするんだよ。俺が男だから余計にそう感じるのかも知れないけど、大抵はいつも『喰われる』ってかんじがするんだ。嗚呼、肉食獣に捕らえられた獲物の気持ちってこうなのかなあ・みたいな」
「……… 恐怖ですか」
返ってきた言葉に、一瞬須田はきょとんとした。
恐怖?
嗚呼、確かにあの弱肉強食の世界では明日とも知れぬ日々が続く。過酷な世界で喰う喰われるは背中合わせであり、常識だ。明日を生き抜く為に相手を喰らう。例えにそれを用いたことで、獲物の生命を奪われると云う感情を黒木がそう捕らえるのも無理はない。

「ごめん、ごめん。そう云う意味じゃないんだ。前に一度なにかで見たんだ」
逃げる草食動物と、追う肉食動物。
舞い上がる砂埃で白く煙るその世界で、捕らえられ、ひとつの獲物と成る生命。喉元に喰い込む鋭い牙は脈々と波打つ生命の源を断ち切るには十分すぎるくらいだった。
そしてゆっくりとしたスローモーションの映像に映し出されたのは、その、眼。まさに喰われようとしている草食動物の眼に浮かんだものは、苦痛でも、恐怖でも、諦めでもなく、



――――――― 恍惚 ―――――――



消えゆく己の生命が、相手に譲渡されることに愉悦すら感じているような眼だった。
「… 何故ですか」
腑に落ちない表情で、黒木が問うた。
「思うに、あの世界は凄く過酷で純粋で、それこそ正しく食物連鎖の為だけに存在してるんだと思う。『生きる』って云うことが、すべてのいきものにとって第一の意義であり、目的なんだ」
黒木は、話す須田の表情が、いつも事件を話す眼によく似ていることに気づいた。
「だけど、」
ふ、と須田と目線を合わせた黒木は、ただ一直線に彼だけを見詰めている。
吸い寄せられそうなくらいに真摯で真直ぐな眼。
「それはただ犠牲だけで成り立っている訳じゃないんだと思うんだ」
途端、黒木に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「確かに自分の生命は費えるけれど、ただ消えるだけじゃないでしょ。それで繋がる生命が確かに其処には生まれてるんだよ。だからその礎と成り得る瞬間を、無意識に感じてるんじゃないかなって… そう思うんだ」
「………」
黙ってその言葉を意味を噛みしめる黒木を見て、須田は微笑んだ。
「例えがちょっと不思議なかんじだけど、何て云うかそう云うかんじなんだよね。黒木との行為は」
其処にあるのは辛さや苦しさだけではなく、明らかな愉悦が根底にあると云うこと。
奇妙な話の流れや、不可思議な例えをしてしまったかもしれないが、自分の考えにはとてもしっくりしたものだと須田は思っていた。だが黒木はまだまんじりと考え込んでいた。
「黒木?」
「しかし、その間には生命の遣り取りがあってこそではありませんか? それではいつか須田チョウを喰らってしまいかねない」
「やだなあ黒木ってば。だから例えだって云ってるじゃない」
生真面目な彼には、どうも通じにくい揶揄だったのかもしれない。しかし一度くちにしてしまっている以上、それはなかったことには出来ない。
「大丈夫、そんなに考えなくても。第一黒木には牙がないでしょ。黒木は確かに鋭い獣みたいだけど、そんなことなんかしない優しい獣なんだ」
雰囲気が豹のようだ。と揶揄しただけなのだから、当然だ。
一瞬呆気に取られたような表情を浮かべる黒木に、須田はまた笑った。
そうだ、彼は自分には絶対に牙を向けるようなことはしない。
須田は無意識のうちにそう信じていた。それは今まで彼と付き合ってみてよく判っていることだった。彼は優しい。表面を覆う冷静さや、一見冷淡ともとれる言動は、潜む根底の意思を礎にしてあるようなもの。
そしてそれを引きずり出してしまったのは、自分。



「その牙は、俺が折ってしまったから」



そう云って微笑む須田に黒木はまたしても怪訝そうな表情を浮かべたが、気づかないフリをしてそのまま彼を抱き締めた。黒木にとっては今はただ彼が傍に居るということが何よりも大切なことだった。





そして それを知っているのも、自分。





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*ほんのうがしむける、そのこうい。

本能とか欲求とか、何の衒いもないぶん、獣は純粋にそれを謳歌出来る。
人間は感情や思想・思考があるから、いちいちそれが邪魔をする。
たまにそれがひどくうらやましく感じます。
須田がつらつらと喋っているのが好きなのですが、自分がそれを目指そうとすると途端に説教くさくなっていけません… 

しかしなんと色気のないピロートーク。もうちょっと糖分あってもいいと思うの…!

ACIDMAN/『式日』からインスピレーションを受けまくった内容になりました。

2011.05.06