夜5題。



1. 羊を数える



夜、眠れない時は、羊を数えるといいんだよ。
よもやこの歳になってそんなこと、信じている訳ではない。しかし目の前でにこにこ笑ってる彼を見ると、何だか信じてみてもいいかもしれない、などと思えるから不思議だ。
大概、俺は彼に弱い。
そう思っていると、不意に須田は、見合って横になっている黒木の頭を抱えるように腕を回してきた。唐突な行動に目を白黒させて、硬直してしまった黒木の耳に、小さく呟くような須田の声が緩やかに滑り込んでくる。
「ひつじがいっぴーき、ひつじがにひーき」
あの、子守唄じゃないんですから。
てゆうか何故貴方が声に出して数えるんですか。
一瞬脳裏を駆け抜けた疑問やツッコミは、しかしやがて暫く訪れなかった睡眠への心地よい誘いによって消え去り始める。
「ひつじが…」



やさしいこえが、ただこだましているのをききながら、ねむりにおちた。



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2. 雨音が叩く



「ひどい雨」
雨が窓に打ちつける勢いは随分長い間続いているというのに、一向に治まる気配を見せない。夜の帳に包まれただけではない暗雲を見上げ、須田は小さく溜息をついて、少し開いたカーテンを再び閉めた。
点いているテレビも小型なことと、隣室を慮ってボリュームが最大限小さくなっていることもあって、かすかな音が聞こえるだけ。
「止まないね」
床に腰を下ろして黒木に云う。
「結構大きな台風が来ていると云うニュースでしたよ」
座る須田を後ろから抱きかかえるようにして黒木が答える。台風かあ、被害とかないといいけど。と、未だに雨の音を聞きながら須田が少し遠い目をして呟いた。
「今晩もこの調子かな」
「おそらくは」
「周りの音、聞こえないね」
耳を澄ます。聞こえる雨音。響く風。ますますテレビの声が聞こえない。
でも、
「こうしてると、貴方の声は、ちゃんと届きます」
ぎゅ。と後ろから須田を抱き締める腕にちからが籠もる。



滲み出る甘えに、ただ須田は嬉しそうに笑った。



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3. 不安と焦燥



「昔、夜が怖いって思ったことってない?」
不意に須田が呟いた。
ふらりと飲みに出掛けた帰り、照明の乏しい公園。しかし光溢れる都会の喧騒の片隅は、其れでも真っ暗闇には程遠い。空に星が見えることは絶えて久しいが、代わりに人工的な明かりが新しく存在を主張している。
「夕焼けからだんだん空が紺色になって色を失くしていく」
遠目に見えるビル群の輝きを見詰めながらも、須田の目には遠い昔の風景が浮かんでいるだろうことは、黒木にも容易に想像出来た。
「家に帰れば明るい空間が待っているけど、其れが過ぎればまた思い出すんだ。夜の闇をさ。電気を消して独りで横になるだろ? 時々、其れが凄く怖いって感じることってない?」
夢見心地に呟き続ける須田を見詰めながら、奇妙な錯覚が生まれる。云い知れぬ不安と焦燥。
「此処に居る自分が消えてくみたいなさ、うまく云えないけど、目蓋を閉じた先の闇と同化しちゃうんじゃないか、とか…」
ゆったりとした歩みで進む須田の姿が不確かなもののように感じ始める。
「何てゆうか、境界線がなくなっちゃうみたいな。まるで自分なんて元々いないんじゃないかとか…」
ぐらぐらと、崩れる世界。
掴みどころのない浮遊感。

現実が溶け て  ゆ   く    。

咄嗟に黒木は須田の手を握った。
振り向いた須田は、いつもより素で吃驚した表情を浮かべて黒木に振り返った。
「……… ごめん」
須田が呟くように謝った。
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ」
何故謝るんですか。
そう云うつもりが、喉の奥が干上がって言葉は枯れていた。
「ごめんね」
重ねて謝る須田を、ただ無言で抱き締めた。



「不安にさせて、ごめんね黒木」



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4. 声をあげる   ※ゆるくR12?



「ふ… っ、 う…、」
真夜中の締め切った空間に響く、くぐもった声。快感を必死で閉じ込めた声。
鼓膜に届く其れをもっと聞きたくて、肌蹴たシャツの隙間から、更に愛撫を繰り返す。
「………、 ぁ、…っ」
自分の声なんて、聞いても楽しくもなんともないだろ。むしろ萎えないかなと思って。
以前、最中にあまりにも声を抑える須田に、何故かを問うた時の返答だ。正直、唖然とした。
そもそもこの関係を望んだ自分にそんなことは有得ない。それどころか、むしろ聞きたいくらいだと、黒木は云った。
返された言葉に、須田は茹だったように顔を真っ赤にさせ、消え入る声で更にこう呟いた。

「……… は、はずかしいんだよ…」

もうこうなると、互いにムキになってしまう。
恥ずかしいと云うことが判らなくもないが、折角感じていることを我慢されてしまうのも、決して楽しいものではない。感じ入った声がどれ程黒木をそそるのか、全く判っていないのだからタチが悪い。
ならば、欲しいものを、手に入れるまでだ。
「須田チョウ」
低く、小さく耳元で呼び掛ける。
既に今まで与えられた快感に溺れてしまっている身体では、其れすらも快感を呼び起こす要因となるのか、須田はたった其れだけのことにすら反応を返した。
「ねえ、須田チョウ。気持ち、いいですか」
「………っ」
固く目蓋を閉じ、ただ身体を震わせる須田に、黒木は笑った。柔らかい胸への愛撫を続けながら、更に下半身へと手を伸ばした。
「ア、… ん、んんッ」
「ねえ須田チョウ。我慢しないでください」

貴方の声が欲しい。

耳元に囁き、加える愛撫を強くすると、堪えきれずに啼き声が上がり、更に黒木は笑みを深くした。



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5. 君にコール



「もしもし?」
耳元に届いた声に、我知らず入っていたらしい肩の力が抜けていくのがはっきりと判った。
立てられた帳場に翻弄される日々。刻一刻と進む時計に、捜査陣の疲労も其れに比例して蓄積されていく。合同での調査ではいつものコンビを組むことは少ない。自然と、須田と黒木との接点は減っていく。其れに文句を云う気はないし、云える訳もない。
しかし其れでも。
「黒木、どうしたの? 何かあった?」
電波を伝って耳元へと届いた声が何よりも自分を奮い立たせる。
日も暮れ落ちたと云うのに照明がなく、薄暗い廊下。遠くからの騒音。しかしすべての感覚は、耳元へと集中しているのが判る。
大した用件がある訳でもない。然程重要な質問でもない。だが無意識の内に、黒木は携帯を操作して彼を呼び出していた。
「すいません、少し聞きたい事があって」
感情をいつものように押し殺して、言葉を紡ぐ。
「なに?」
2、3の質問を交わす。其処には淡々とした刑事としての遣り取りしかない。
或る程度の情報の交換をし、「有難う御座居ました」と礼を述べた黒木に、更に須田の声が届く。
「先刻チョウさんと話してたんだけど、この事件も、もう少しでカタがつくと思うんだ」
恐らくこの後で行われる会議で何かを報告するのだろう。強く確信を得たような須田の言葉。

「頑張ろうね」

届く言葉だけで、目の前で笑う須田が脳裏に浮かんだ。





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*黒木×須田、小話5編。
お題消化は楽しいので好きです。細かくいろんな表情が出せるし。

こちらから、お借りしました。 …酸性キャンディー

2009.07.10