きれいな 涙



静かに流れる涙は、ただ綺麗だと思った。

「黒木、あの映画見たことないんだ?」
他愛もない会話。
きっかけは忘れてしまったが、流れは先日DVD化したという、一時期話題になった映画の話になっていた。わざわざ時間をつくってまで観に行ったという須田は、それをとても賞賛した。
「俺、あの映画凄い感動しちゃってさ、ついDVD買っちゃったんだよね」
勢いついた自分への照れ笑いを浮かべた須田に、黒木は小さく笑った。
「よほど良い映画なんですね」
「平凡な話だけど、だからこそ判る、何気ない日常の何気ない暖かさがあって、何処かに何か共感出来る話なんじゃないかな。しょっちゅう見るんじゃなくて、たまに見たくなるような話なんだよ」
あー久々に見ようかなー、と須田は嬉しそうに呟く。
おそらく早く帰れれば、今晩辺りにきっと見そうだな、と黒木は思う。
「ね、良かったら黒木も見ない?」
にこにこと誘う須田を断る理由は何もなかった。多少なりとも興味はあったし、ただでさえ言葉少ない黒木には有難く思える話だ。
「ええ、是非」



時間は穏やかに過ぎた。
掛ってきた電話も手際良く片付け、そこそこの時間に寮へと帰る。
夕飯と風呂を済ませ、須田の部屋にお邪魔する。
「これから見たら、寝るのにちょうどいい時間になるね」
時計を見ながら、明日への考慮をくちにする須田に微笑ましく思う。
ディスクをセットし、映画が始まる。
緩やかに進む物語。大きな事件が起こる訳でもなく、ただ静かに生きる人々の映像が続く。しかし飽きる事なく見る事が出来る。
須田の云った通りだ。
何気ない日常の何気ない暖かさが其処にある。
終盤になって、そっと波紋が起きた。
小さな別れ。
皆が納得した上での別れなのに、込み上げる感動は、多分この僅かな時間の間に彼等に感情移入したせいかも知れない。
確かにこれは話題になるだけあるな…。
ほのかに感じる目の奥の熱さを認識しつつ、フと隣の須田を伺い、黒木は我知らず硬直した。


泣いている、とは思った。


雰囲気で判ってはいた。


しかし今目の前で泣く須田は、ただ泣いていた。
表情は何もない。視線はただ画面に向いている。


ほんとうに、ただ、泣いているのだ。


流れるに任せて頬を伝う涙は後から後から溢れ落ちていく。須田はそれにまったく気づいていないようで、それがまた「ただ泣いている」ということを強調していた。

テレビからエンドロールの曲が流れ始める。
ふっと肩のちからを抜いた須田が初めて気づいたとばかりに頬に手を伸ばした。慌てて袖で涙を拭う彼とようやく目が合った。
「ちょ、うわ、ごめん」
何が悪いと思ったのか、謝る須田に苦笑する。謝るなら不躾に見続けた自分の方だ。
「いえ、」
しかし暴露出来ずに言葉を濁す。いたたまれなくなってボックスティッシュを掴んで渡した。
「ありがと。これ見ると、泣いちゃうんだ」
鼻をグスグスいわせて須田が決まり悪そうに呟く。
「いい映画でした」
「うん。…綺麗な映画だよね」
「ええ …そうですね」
頷きながらも、黒木は須田の涙で映画の印象が吹き飛んでいる事に気づいていた。
綺麗だった。
映画よりも、ただ涙を流す彼がひたすらに綺麗だと思った。





その涙が、静かに流れる涙が、なによりも綺麗だと、思った。





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*黒木→須田。突発ネタ。
映画とか観てフツーに泣けそうなのって須田かなと思って。
なんか堪えようとして堪えきれずに泣くのがハンチョウと桜井っぽい。村雨とか黒木って、耐えそう(無意識に)
速水は… 涙腺固そう…。

何かそう考えると一度くらいは泣かせたいですね。速水とか、黒木とか。

2009.07.18