あいたい。





xxx さよならを。



「まだ、諦めないおつもりですか?」



優しすぎる言葉が胸に痛い。
「… ああ」
ひとことだけ、返す。
彼が居なくなってどれだけ経っただろうか。
覚えていない。
数えたら数えた分だけ想いは積もり、焦りが強くなって、どんどん袋小路に迷い込んでいく。
重い溜息をついた風間に、おせつは躊躇いながらもくちを開いた。
「あなた、金田一さんは何か思うことろがあって、行かれたのでしょう?」
「………」
今度は返事が出来なかった。

何か 思う ところ?

そんなのは誰も知らない。判らない。
本当に彼は誰にも何も告げず、消えたのだ。

頑として風間は彼の行方を捜すことを諦められずにいた。



彼が 居ないなんて。



卒業して渡米したとき。
戦争で生死すら知れなかったとき。
別れは今までもあったけれど、其処には必ず言葉があった。



其れが 今度は なかった。

其れが 風間を 納得させずにいるのだ。



「厭なことがあったなら、誰にでもいい、何か云ってくれれば良かったんだ」
懇意にしていた等々力警部や、磯川警部も首を傾げていた。
緑ヶ丘の山崎夫妻はただオロオロしていた。
多門修は半分泣きそうな情けない表情で風間のもとに駆け込んできた。
「何で… 此処にも何も云っていかないなんて。どうして。どうしてだよ… 先生」
頭を抱える修の言葉に、ただ
「知るか」
のひとことしか返せない自分に妙に腹が立った。

彼の事件の顛末を執筆している先生の言葉だけが、妙に心に残っている。




耕ちゃん。 何か云え。





生死の判別すらつかぬ今では、無意味に希望が生まれては消え、捜索も止めるに止められない。
ただ其れだけではなく、風間には止めたくない想いもあった。

漠然と、ずっと彼と居られると思っていた。
煙たがられても、冗談を云い、たまには酒を酌み交わし、移り変わる四季を過ごせると思っていた。



思っていたのは 俺だけなのか。



「なあ… おせつ」
「はい」
傍に控えたままのおせつは、姿勢を正して風間に向き直った。
ずっと静かに風間を支えてきた彼女は、今彼の唯一の拠り所となっていた。彼も彼女にだけは弱みや弱音を吐露出来た。
しかし金田一耕助… 彼に関してだけは、長く連れ添ってきた今までは1度もなかった。
おそらく云うのを躊躇ったのだろう。
名前を呼びながらも、風間は不意にくちを閉ざしてしまった。
だがおせつはただ静かに座し、言葉を待つ。
暫くして、ようやく風間はくちを開いた。聞いたことのない、重い口調だった。



「もう誰が何を云おうと無駄なのかも知れんし、どんなに頑張っても元々無力だったのならば仕方ないのかも知れん。だが俺は諦めるつもりなんざ毛頭ないんだ。意地汚い野郎だと思われようと構いやしない。



 俺は、本当にアイツが好きだったんだ。



 どんな関係でもいい。アイツと繋がっていられると信じていたんだ。



 今でも其れを信じてるんだ。馬鹿でも愚かでも何でもいい。
 本当に… 本当に好きなんだ。諦められる訳がない」



すべてを吐露し、脱力したかの様な風間の横顔を見詰めながら、おせつは淡く微笑んだ。
「判っていました」
「おせつ」
「だって、私だってあなたが好きなんですもの。気持ちが判らない訳ないじゃありませんか」
おせつの言葉に風間は今度こそガックリと肩を落として脱力した。
「すまない…」
「いいえ。いいんですの。だってあなたは此処に居てくれるから。でもあなたは違うじゃありませんか。そんなあなた… 見ていてこっちが辛いくらいですわ」
風間は苦笑した。そして「そうか」と小さく呟くと押し黙る。だがおせつはまだ云いたいことがあった。
「諦めないのでしょう?」
おせつの言葉に頷く。
「では、諦めなければいいんですよ」
「は?」
「其れでいいと思います。そしていつかまた出逢えたならば、思い切り憎まれ口を叩いてやるといいんですわ」
にっこりと、おせつはいつもの優しい笑みを浮かべた。
おんなは怖いな。
風間は先刻とは種類の違う苦笑を浮かべて、そしてようやく久々に何となく晴々とした気持ちになっていることに気づく。
「そうだな。今度はこっちから絶縁状でも叩きつけてみるか」
「其の意気ですわ」
微笑む彼女に、金田一とはまた違う愛おしさが込み上げる。
そして風間は縁側から突き抜ける空を仰いだ。



なあ 今 何処に居る?



なあ 今 何をしてる?



みんなお前の帰りを待ってる。

意地悪しないで帰って来い。

お前が帰って来たら、皆で酒盛りでもしようか。

勿論岡山から磯川警部も引っ張って、等々力警部、修、山崎夫妻も。嗚呼、他の馴染みの警官だって呼ぼうじゃないか。おせつがきっと腕によりをかけて旨い肴を準備してくれるだろう。





この果報者。





お前には 死んでもさよならを云ってはやらん。






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*カムバック耕助(泣)
色んな気持ちを風間に代弁してもらいました。
うう… でも本当は横溝先生カムバック…(号泣)

多分、金田一にだっていろいろ思うところがあるんでしょう。
でも、残されたひとだってもっといろいろ思うんですよ…。
くそう、ホロリとくる。

20060522