策士な君へ5のお題   お借りしました → リライト






*計算尽くの笑顔





「げ」
まるで蛙が潰された様な珍妙な声を上げて、風間は1歩引いた。
目の前の相手はただひたすらにこにこと、いつもの様に微笑んでいる。
… 表面上は。
だけど、其の裏に隠された表情のなんと怖ろしいことか。
「こ、耕ちゃん?」
「なんだい?」
この、計算尽くの笑顔の意味。

「判ってるよね?」
「お、おう…」
逃げられる訳があるはずもない。
風間は盛大に溜息をひとつついて、腹を括って真正面から見合った。



いざ 尋常に、





勝負。





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多分負けるってこと 判ってる。





*risk





「この 馬鹿」
滅多に日に当たらない白い腕に器用に包帯を巻きつけながら風間は云い放つ。
「直球過ぎてぐうの音も出せないよ…」
俯き加減、バツの悪そうな表情で、金田一は其のままくちを閉ざした。
つい先日起きた事件。警察から協力を要請されて見事解決したまではよいが、最後に自暴自棄になった犯人の抵抗で金田一は腕を切りつけられた。幸いにして怪我は浅く軽傷だったが、周囲に与えた衝撃は非常に大きかった。
其れも油断していた金田一のせいでもあったのだが。
其れ故に風間の怒りも至極もっともだったのだ。
「耕ちゃんはただでさえ危険な仕事やってんだから、そういう対策もちゃんと練らねえと駄目じゃねえか」
「う… ん。ごめん」
「判ってるんだろ」
「うん」
「これは耕ちゃん自身から聞いた言葉なんだからな。そして俺は其れに了承した筈だ」
「うん」





「2度目はねえぞ」





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今度やったら許さないからな。





*仮面の下で泣いている





事件のあとの沈痛な表情が胸にいつも突き刺さる。
哀しいのに、
苦しいのに、
どうして何も云わないのか。
暴露された真実。
白日のもとに晒された其れは誰にとっても優しいものではなくて、ただひとすじの癒されない傷だけを残すのだ。どうしようのないこと。止めなければ悲劇は続き、闇から闇へと消えてしまう。
断罪は、いつも苦痛を伴うもの。
其れを甘んじて受ける貴方はいつも苦しんでいるのでしょう。



せめて。



せめて一言、「苦しい」と云ってくれればいいのに。
其の静かに微笑む仮面の下で泣いている顔を、貴方は誰に見せるの。





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誰にも見せずに、享受するんだね(嗚呼なんて哀しいひと)





*壁を壊すか、乗り越えるか





其の差は大きいのだ、と痛感する。
残る 壁。
後戻り出来るか、出来ないか。

明らかに歴然とした体格差のもとに組み敷かれ、僅かに高潮した顔で自分を見詰め返す表情が胸に痛い。

「……… 風間」
呟くように囁かれた己の名に込められた想いに、ただ曖昧な笑みを返す。
彼は判っている。判っていて、何も云わないのだ。





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委ねるのは君。決めるのは自分。ずるい、なんて云えない。





*騙されてあげるよ





溜息。
肝心のところで頑固として口を閉ざすのは、いつもの事だ。
彼の遣り方だ。其れを自分は知っていて納得している筈だ。
だが其の度に何処か哀しい様な寂しい様な、独り置いていかれた気分になってしまうのは否めない。
そっぽを向いて、口と云わず意図すらも隠す彼。
曖昧な記述はしない。
確かな証拠を掴むまでは口外しない。
「警部さん?」
呼ばれ、ハ、と顔を上げる。
眼の前には少し驚いた様な金田一。
「どうしたんです? あちらから声が掛かっていますよ?」
つい先刻の思い詰めた表情は何処へやら。すべてを隠しこんだまま、金田一はいつもの飄々とした態度でもって等々力警部に話し掛ける。
「嗚呼、はい、有難う御座居ます。金田一さん」
小さく微笑んで礼を云うと、彼も微笑みで返す。



ええ、貴方には 騙されてあげましょう。



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真実を隠し持っている貴方には適わないんですから。



20070203