間違ったなんて思っていない



後悔なんてする筈もない





この想いは





xxx いつか君に





「この、トウヘンボク」





真正面から向き合って、深呼吸して、ひとこと。
予想出来たこととは云え、込められたちからの入れっぷりに苦笑を禁じえない。
「云うに事欠いてソレかい」
「嗚呼、嗚呼、云わせてもらうよ。何を考えているんだい。此処を何処だと思っているんだよ」
肌蹴た着物をだるそうに合わせながら、金田一は非難がましく風間を見上げる。
ほんのりと色づいた目元が何やら艶めいていて、風間は一瞬引寄せられそうになる。しかし此処でまた手を出そうものならば、一体どれ程の間くちを聞いてもらえなくなるかが容易に想像出来て、無理矢理に自分を押し留める。
そしてひとつ息を吐くと、彼の真似をする様に頭を掻いた。
「松月の離れの、耕ちゃんの部屋だあな」
「あのね」
今度は金田一が息を吐いた。これは正真正銘の溜息だ。
「お前ね… おせつさんが居るだろう」
何となく居心地が悪そうなのは、いつ何時其の姿が現れるかどうかを懸念しているせいか。
「弁えないと、駄目だろう」
「じゃあ松月じゃなければいいのか」
「そうゆう訳じゃなくて!」
がりがりがり。と金田一はいつもの癖の頭を引っ掻く様に掻き毟る。ただしいつもと違うのは興奮した、と云う訳でなく、今のこの状況に焦りを感じているせいだろう。
「判ってるんだろう、風間。こんな… こんなのよくない」
「どうして」
「どうして… って。君、」
金田一が二の句を紡げずに、一瞬唖然とした表情を浮かべる。しかし次の瞬間、
「判ってるんだろうに」
また、繰り返した。
嗚呼、
判っているよ。
無言の胸中で、風間は頷いた。

だけど

不意に金田一を引き寄せると、風間は有無を云わさず彼にくちづけた。
「――――――――――――っ、」
どん、
と胸に手をついて、金田一は風間から身を離した。
「風間!」
非難がましい口調に、つい自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「判ってるさ」
「風間」
「判ってる。間違ってるってェことぐらい。だがなあ… 耕ちゃん。間違った行為かも知れんが、間違った想いじゃねェんだ。其れっくらい、判ってンじゃねえのかい」
金田一は何も云わない。云えないのだ。
反論出来る余地など幾らでも存在している。風間を説き伏せる論を金田一は持っている。しかし云えずにいる。
其れは彼も同じであるから。
自分も同じ様に考えたことがあるから。
「でも… でも」
焦る気持ちが口内を乾かせ、言葉を舌に張りつかせる。喉の奥がヒリヒリして痛い。
脳内では様々な言葉が縦横無尽に渦巻いているのに、其れを発する手段が停止している。
「正しくても、正しくなくても、理論で片付けられねえ問題ってェのは存在するもんだ。そうだろう? 自分を騙してまでも、欺いてでも、葬らなきゃならない想いなら、きっとずっと以前に捨てっちまってんじゃねえのか」
風間の言葉に、金田一が不可解な表情を浮かべた。
泣いている様な、苦笑している様な、其れでいて苦りきって嫌悪感すらも滲ませている。
様々な想いが、彼の胸中にとぐろを巻いているせいか、言葉が出ないのだろう。
小さく首を傾げた状態で、金田一は数度くちを開きかけては閉じ、また開いて諦めると云う行動を繰り返した。
うまく反論出来ないのだ。
風間と同じ考えだからだ。
風間の云うことが理解出来るからだ。
だがきっと、認めたくないのだろう。
世間一般の常識論から考えても、どうしても常軌を逸しているとしか考えられないからだ。



しかし 其れでも。



「俺は、微塵にも悪いなんて思ってやしないし、後悔もしていないぞ」



嗚呼、彼も俺みたいに吹っ切れたらな。
風間は今度こそ泣きそうな顔になった金田一を愛おしく見詰めながら、そう胸中で呟いた。
でも、きっとそう出来ない。
出来たなら、もっとずっと前から彼はそうしている。賢いにんげんだ。
しかし賢いにんげんだからこそ、彼は思い留まっている。

「安心しな。当分は触れない」
「風、間…」
「周囲に悟られずにいろってんなら、そうする」
「――――――――――――」
「でも、お前は、諦めない」
其れでも僅か最後の最後で風間も金田一も未だにくちには出せない、出していない言葉が存在した。
云ってはいけない。
聞いてはいけない。
遠まわしに、有耶無耶に2人はくちにしているけれど、決してくちにしてはいない。
其れは 砦。
1番の 鍵。
1番に 大切なことば。



嗚呼 でもいつか君に。



震える金田一の頬に、風間がそっと触れた。
ピクリ。と小さく反応を返して顔を上げる金田一の口唇に自分の其れをゆっくりと合わせてゆく。今度は拒否されずに受け入れられる。



「――――――――――――」





離れる瞬間に呟かれた互いの言葉に、互いに気づかないフリをする。





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風×金は、いつもちょっと報われない方へとばかり考えるのは、何故だろう…。
個人的にはもちょっとラブっててもいいかと思うのに。

20070203