速(→←)安&須





溜め息を数えるのも、もう飽きた。



xxx 溜息



本日何度目かの溜め息をつく。回数は気にならなくなったが、バレたくないので心持ち小さめになる。気もそぞろ。手持ちの書類も進みが遅い。真剣にやっているように見せかけて、全く違う。
心持ち、時間の流れる感覚も鈍くなっているようで、先刻から秒針がさっぱり動いていないようにも思える。
うんざりする。
また小さく溜め息をついて窓から空を仰いだ。悪くはない。青空は見える。しかしやたらと大きな雲が悠々と流れていき、時折驚く程に青空を覆い尽くす。
染みのような形。
どうにも後ろ向き過ぎる。眉をひそめて再び小さく溜め息をつく。

くすりと須田が笑った。

「また溜め息ですよ、チョウさん」
長年染みついた愛称で須田が安積を呼ぶ。変わらない。
いつもなら少し嫌そうな素振りを見せる村雨は、今桜井と出ている。黒木も居ない。今刑事部屋には安積と須田の二人だけ。
「…そんなについていたか?」
安積の言葉に、須田はまた笑った。
「やだなぁ、チョウさん、自分でも気づいているんでしょうに。だから溜め息、意識的に小さくついてたんでしょう?」
バレている。
苦笑すると同時に、気づかれたのが須田で良かったとも思う。
それから須田は何も問いかけることなく自分の抱えている書類に目を落とした。溜め息の回数が多いことだけの指摘だけで済ますことが彼らしい。知らず甘えてしまうことが多い彼に、また甘えてしまいたくなる。
「なあ須田」
「はい」
事件のことについて話されるのかと思ったのか、須田は至極真面目ぶった表情で安積に答えた。
「いやな、私事なんだが」
続いた言葉に、溜め息と連結したのだろう。表情を幾分和らげて、再び須田は、はい、と答えた。
「嫉妬はするか?」
云った後に余りにもお粗末な問いだと気づく。案の定須田もポカンとした顔をしていた。
「いやその、」
慌てて取り繕おうとするがうまく言葉が出ない。
「まぁ、しないとは云いませんよ」
言葉の出ない安積に、小さく笑って須田は答えた。
「嫉妬と云っても様々ですけど、あります」
「お前でもか」
「やだなあチョウさん。俺は聖人じゃないですよ。嫉妬くらいします。出来るヤツを見れば羨望に似た嫉妬を感じたり、好きな人に対する嫉妬だってあったりしますよ」
好きな人。
思わずドキリとする。だが嫉妬と云えば普通はそう直結するだろう。焦ることはない。
しかし、
「でも別に恥じることない行為だと思うんですよね」
続く言葉に唖然とする。
呆然と見つめた先の須田は手にしていたペンを手放して、視線は何処とも知れない宙を見上げていた。
「それを前面に出しっぱなしにしたり、振りかざしたりしなきゃ、その気持ちは好きって気持ちに必ず付属してくるモンですしね」
苦しいけど。
だけど。



好きだから。



「場合に寄ってはわざとそれを引き出すみたいな真似して、相手がどれだけ自分を好きかどうか見ようとする人もいますし」
ハッ・とする。
そのまま須田を凝視すると、彼は少し困った風に微笑んだ。
「邪推ですかね」
「いや…」
心持ち軽くなった気分になって、安積は淡く微笑んだ。
「為になる。すまないな、須田」
「いえ」
柔らかく笑う須田を見て、矢張り何となく嫉妬とは無縁に思える。
「しかし須田でも嫉妬することがあるとはな。少し意外だ」
「やだなあ、もう。話をぶり返すつもりですか」
一転して苦笑する。
「こう偉い口叩いておいてなんですけど、嫉妬は隠したい方なんです。何ていうか、自分に対するコンプレックスと云うか、矢ッ張り恥ずかしくて。それに嫉妬自体が何だか醜いような気持ちがして、隠したくなるんですよね。だからそう思わせる相手が憎らしくも思えたりして。多分相手はそうは思っていないだろうなってところがまた苦しいんですよ」
「そうだな…」
気持ちは判る。何となく今までのしこりが薄らいだような気がして、安積は肩のちからが抜けた。
其処へ、
「チョウさんも、嫉妬とかするんですか」
話の振り方が振り方だったために、当然の流れとして須田が尋ねた。
「いやまあ…、 そうだな」
「へえ。意外です」
「何だ、意趣返しか」
「そんなとこですかね」
にこにこと微笑む須田に胸中で感謝する。須田の言葉に笑いが漏れる。
と、其処へ珍しい組み合わせが連れ立って刑事部屋に入ってきた。黒木が此処へと戻るのは当然だが、ともに速水が歩いてきたのには須田でなくとも少し目を見張ってしまう。
「どうしたんだ」
「なに、途中で一緒になっただけだ。しかしお前らこそどうした。二人揃ってやけに楽しそうじゃないか、なあ黒木」
片眉だけを器用に持ち上げて、速水は安積の傍までやってくる。黒木はそれにどう答えたものか逡巡しているようだ。
「俺と須田の仲だからな。なあ須田」
可笑しくていつになく軽い答えを返す。話を振られた須田も、一瞬きょとん・とした表情を浮かべたが、次にはただ嬉しそうに微笑んで、安積の言葉に頷いた。
「一体どういうことだ。さっぱり意味が判らん」
「係長と須田チョウは付き合いが長いですから」
不貞腐れたような速水と、困惑しきった黒木を横目に、安積は随分と気持ちが軽くなっていることに気づいた。
機嫌を損ねる前に速水の用件を済ませるが、結局納得しきっていない表情のまま彼は刑事部屋を後にした。黒木も平素を保っているが、おそらくまだ困惑が残っているだろう。時折ちらりと須田を窺うように見ているようで、何となくおかしく感じる。恐らく須田もそんな黒木に気づいてはいるのだろうが、気づいたところでどうしようもなく、結局は当たり障りなく時は過ぎていく。

時が過ぎ、日が暮れた空を見上げると、日中はあった大きな雲は何処かへと流れてしまったようで、空は一面真っ赤に染まっていた。あんなに過ぎるのが遅く感じていた時間は、あっという間に流れていた。書類作業で固まってしまっていた身体を伸ばし、深く息を吸う。
と、不意に須田が傍に寄ってきた。何処となく悪戯っ子のような表情だ。

「今日はあれから溜息が消えましたね」





呟かれた声に、安積はただ小さく微笑んで「ああ」と答えた。





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*多分黒須と同レベルで安積&須田が好きです。

でも其処にカプ要素はむしろ要らなくて、ただ語っていてくれれば幸せです。事件に関係あるなしにしろ、原作で二人語らっていてくれればそれだけで嬉しい。
安積と須田が話してるとほっこりして、黒木と須田が話してると動悸が跳ね上がる!
そんな同志さまいらっしゃいませんかー…!

戸惑う黒木が気になるという方へのおまけ → こちらから。

2011.05.31